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ホセ・ムヒカ大統領の言葉が胸にしみる

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"a poor person is not someone who has little but one who needs infinitely more, and more and more."

~貧しい人とは、モノを少ししか持っていない人ではなく、もっともっとといくらあっても満足しない人のことだ。~

これは、南米ウルグアイホセ・ムヒカ大統領がリオ会議(Rio+20)でのスピーチで言った言葉です。

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ある日僕は、彼のスピーチを偶然、YouTubeで聞きました。今まで「水溜りボンド」ばかり観てきたのに、なぜかおすすめ動画に「ホセムヒカ大統領の感動スピーチ」が出てきたんです。

僕は、なんとなく「感動スピーチ」という言葉に惹かれて、動画を見てみました。

感動しました

もう、スピーチの冒頭部分から感動しっぱなしです。

▼日本語の吹き替えのついた動画。

 

以下、この動画の吹き替えをそのまま引用しています。

環境問題、貧困さらには人生観についても触れている深いスピーチです。

このスピーチの内容を是非、皆さんに知ってもらいたくて、全文を書きました。是非、読んでみて、できれば、動画も見てみて下さい。

この場に出席されている世界各国の代表の皆さん、ありがとうございます。

お招きいただいた、ブラジル国民そして大統領閣下に感謝します。

これまでに発言されたすべての方々が表明された誠意にも、大いに感謝いたします。いち国家主導者として、貧しい人々のための通り決めづくりに、仲間として共に参加することを表明いたします。

しかし、私たちにもいくつか声高らかに質問をすることをお許し願いたい。

今日の午後ずっと、私たちは「持続可能な発展」と「膨大な数の貧困者対策」を話し合ってきました。

 

けれど、私たちの本音は何でしょう?

今の発展を続けることが本当に豊かなのでしょうか?

質問させてください。

もし、ドイツ人が1家族ごとに持っているほどの車をインド人もまた持つとしたら、この地球はどうなってしまうのでしょう?

私たちが呼吸できる酸素は残されるのでしょうか?

もっと、はっきり言いましょう。

例えば、最も裕福な西側諸国と同じようなレベルで70億、80億の人々に消費と浪費が許されるとしたら、それを支えるだけの資源が今の世界にあるのでしょうか?

それは可能なのでしょうか?

それとも別の議論が必要ですか?

 

今のこの文明を作ったのは私たちです。

私たちは市場と競争社会から、文明という落とし子を産み出し、物質面での驚異的な進歩をもたらしました。

そして、市場経済は市場社会を作り出し、それを世界規模に拡大してしまいました。いわゆるグローバリズムです。

そのグローバリズムを私たちはコントロールできていますか?

逆にコントロールされてはいないでしょうか?

 

こんな残酷な競争で成り立つ社会で「みんなで世界を良くしていこう」なんて議論が本当にできるのでしょうか?

 

私たちは本当に仲間なのですか?

私は今回の会議を否定するために言っているのではありません。違います。逆です。

我々が今、挑戦しようとしている目の前の巨大な困難は決して環境問題ではなく、明らかに政治の問題なのです。

人類は今、消費社会をコントロールできていない。逆に人類のほうがその強力な力に支配されているのです。

 

我々は、発展するためにこの地球上にやって来たのではありません。幸せになるためにやって来たのです。

人生は短く、あっという間です。

しかし、その人生こそが何より価値あるものなのです。

余計なものを買うためにもっともっとと働いて、人生をすり減らしているのは、消費が、「社会のモーター」となっているからです。

なぜなら、消費が止まれば、経済が麻痺してしまい、経済が麻痺すれば不況というお化けが我々の目の前に姿を現します。

しかし今、行き過ぎた消費主義こそが地球を傷つけさらなる消費を促しています。

商品の寿命を縮めできるだけ多く売ろうとする。

今の社会は1000時間持つような電球は作ってはいけないのです。本当は10万時間、20万時間も持つ電球はあるのに、そんなものは作らない。

なぜなら、我々はもっと働きもっと売るために。

「使い捨て文明」を支える悪循環の中にいるからです。

 

これは政治問題です!

我々は今までと違う文化のために闘い始めなければならない。

石器時代に戻ろうとは言ってません。

このままずるずると消費主義に支配されるわけにはいかない。

私たちが消費主義をコントロールしなければならないと言っているのです。

ですから私は、これが政治問題だと言いました。

とても謙虚な思いからです。

 

かつての賢人たち、エピクロスセネカ、そしてアイマラ人たちは次のように言っています。

「貧しい人とは少ししかものを持っていない人ではなく、もっともっとといくらあっても満足しない人のことだ」と。

大切なのは"考え方"です。

だからこそ、皆さんと共にこの会議に参加し、国家主導者として皆さんとともに努力したいのです。私の発言は皆さんを怒らせるかもしれない。

しかし、気づかなくてはいけません。水問題や環境の危機がことの本質ではないということです。

見直すべきは、我々が築いてきた文明の在り方であり、我々の生き方です。

なぜそう思うのか。

私は環境に恵まれた小さな国の代表です。人口は300万人ほど、いやもうちょっと320万人ほどしかいません。けれど世界で最もおいしい牛が1300万頭、また素晴らしい羊が800万から1000万頭。食べ物、乳製品、そして肉の輸出国です。国土の90%が有効に使えるほど豊かな国なのです。

だから、かつて、私の仲間たちは8時間労働のために闘い、ついには6時間労働を勝ち取った人もいます。

しかし、そうなったら仕事を2つ持つようになりました。

なぜか?たくさんの支払いがあるからです。バイクやマイカーのローンを次から次へと支払っているうちに、私のようなリウマチ持ちの老人になって人生が終わってしまう。

そして、自分に問いかけるのです。これが私の一生だったのか?と。

 

私が言っているのは基本的なことです。

発展は幸せの邪魔をしてはならない。

発展は「人類の幸せ」「愛」「子育て」「友達を持つこと」そして、「必要最低限のモノで満足する」ためにあるべきものなんです。

なぜなら、それらこそが一番大事な宝物なのだから。

環境のために闘うのなら、一番大切なのは人類の幸せであることを忘れてはなりません。

 

ありがとう。

 

行き過ぎた消費主義が地球を傷つけている

ムヒカ大統領が「使い捨て文明」と呼ぶのも無理ないこの時代。

割りばし、ペットボトル、ビニール袋、服、包装紙、段ボール、雑誌、、、。

何から何まで使い捨てで、大量の製品が作られ、そして、ゴミ箱を溢れかえらせています。まだ使える物もそうでない物も、新しい物も古い物も、何もかもがゴミになります。

新製品が発売されるたびに人々はそれを買い求め、時代遅れな品物は廃棄される。そういう世の中なのです。

これがいけない事だと分かっていても、誰にも止めることができない。なぜなら、我々は「使い捨て文明」を支える悪循環の中にいるからです。

僕も他人ごとではありませんが、今必要なのは、私たち一人ひとりが、少しでも消費を抑えたり、物を買う量を減らしたりして、ムヒカ大統領の言う「少ないモノで満足する」ことではないでしょうか。

 

 「幸せ」とは?

このスピーチに登場する「幸せ」という言葉。

「バイクやマイカーのローンを次から次へと支払っているうちに、私のようなリウマチ持ちの老人になって人生が終わってしまう。そして、自分に問いかけるのです。これが私の一生だったのか?と。」

この部分からムヒカ大統領の「幸せ」への考え方がよくうかがえます。

お金を得るために貴重な時間を犠牲にして働くことは本当に幸せなのか、人生をそんなことに使ってしまっていいのか、ということですね。

しかし、今の日本人の多くの人が、仕事を中心に生きています。朝早くから出勤して、帰宅は深夜という人もたくさんいます。でも、仕事にたくさんの時間と労力を費やして、家族と過ごす時間が無くなってしまったり、自分の趣味ができなかったりするということもよくあります。僕の父親もまさにそれです。

仕事を一生懸命に頑張ってくれているのは、大変ありがたいし、すごく感謝しています。でも、本人のことを考えると、肝心の本人はあまり幸せそうに見えません。

僕は、こんなものを見たり、聞いたりしたものだから、中学生の段階で就職する気が失せて、「絶対に独立して時間持ちの幸せになってやる」と決心しました。

 ホセ・ムヒカ大統領が言いたいのはつまり、もっともっとと働いて、お金を稼いでモノを消費することより、大切な時間を過ごすことの方が価値があるはずだということではないでしょうか?

 

地球環境のためにも、人類のためにも、意味のあるスピーチだと思います。

この記事を読んでくれた方、ありがとうございます。